傷寒雑病論序文

 

【白文】論曰余毎覧越人入之診望斉候之色未嘗不慨然歎其才秀也

【訓読】論じて曰く。余の越人、(かく)に入り斉候の色を望むを(うかがい)い覧る毎に、未だ嘗て慨然として其の才の(ひいづる)を歎ぜずんばあらず。

【訳】 論じて言うに、私、仲景は常々、①秦の越人が(かく)の国の太子を診て蘇生させた話や②斉の桓候の顔色を望見して其の死期を知った事を考え見る時は何時でも彼の扁鵲先生の優秀な才能に感嘆しないと云う事はないのである。史記の扁鵲倉公列伝からの逸話①②は後ろに載せてある。

 

【白文】怪當今居世之士曽不留神醫藥精究方術上以療君親之疾下以救貧賎之厄中以保身長全以養其生

【訓読】怪しむは當に今、世に(きょ)するの(ひと)(かつ)て神を医薬に留めず、方術を精究し、(かみ)は以って君親の疾を療し、(しも)は以って貧賎の厄を救い、(なか)は以って身を(やす)んじ長生し以って其の生を養しなはず。

【訳】 現在の教養人は、之れ(まで)、医や薬物に心を注ごうとせずに神仙道方術をくわしく研究して、それによって(かみ)は君親の(やま)いを治療し、(しも)は貧賎な人々の災厄(さいやく)を救い、(なか)は、又その方術によって健康を保ち不老長命しようとし、そんな事で寿命を全うしようとするのは何とも怪しげな話である。

 

【白文】但競逐栄勢企踵権豪孜孜汲汲惟名利是努崇飾其末忽棄其本華其外而悴其内皮之不存毛将安附焉

【訓読】但だ栄勢を競逐し、(くびす)(けん)(ごう)(くわだ)て、孜孜(しし)汲汲(きゅうきゅう)として、惟だ名利(めいり)のみ是れ努む。

其の末を崇飾(そうしょく)し、其の本を(ゆる)かせにして()て、其の外を華やかにして其の内に[1](かじけ)しむに、皮の存ぜずんば毛、(まさ)(いずく)[2]や附かんとす。

【訳】 ただ空しくも栄華権勢を競い求め、強い権力者になろうと(くびす)をつまだてる様にして焦りただもう名誉と利益を得ようと努め、枝葉末節ばかり(あが)め飾り、其の根本の大事をなおざりに打ち棄て、外面を華やかにしているが、内面の身体が(やつ)れている様では、皮が無くては毛の生え様が無いのと同じ事である。(健康なくして何の栄華があるものか。)


【白文】卒然遭邪風之氣嬰非常之疾患及禍至而方震慄降志屈節欽望巫祝告窮歸天束手受敗

【訓読】卒然として邪風の気に遭い、非常の疾に()[3](かん)及び()に至って(まさ)[4]震慄す。志を[5]節屈(せつくつ)()(しゅく)を欽望し(きゅう)を告ぐれば天に帰し手を(つか)[6]敗を受く。

【訳】(にわか)に外邪の気に冒され、図らざる(やま)いに取り付かれて災わいが身に及ぶと、もうすっかり(ふる)え上がってしまい、方術を信ずる固い志もへなへなと崩れ、()()のまじないを(わら)(すが)る様に懇望する。とうとう病状が急迫を告げてくると、もう手の施しようもなく敗北してしまい、天に帰り死んでしまうのである。

【白文】賚百年之壽命持至貴重器委附凡醫恣其所措

【訓読】百年の寿命を(とうと)[7]()()重器(ちょうき)を持ち、凡医に委付(いふ)し、其の()く所を(ほしいまま)にす。

【訳】百年もの生命を天から賜り、此の上も無く貴重な人間の身体を持って居るのに、凡庸の医師に(まか)せ頼んだ許りに、いい加減にされて仕舞うのである。

 

【白文】咄嗟鳴呼厥身已斃神明消滅變為異物幽潛重泉徒為啼泣痛夫

【訓読】咄嗟、鳴呼、()[8]の身、(すで)(たおれ)て、神明消滅し変じて異物と()り、重泉(ちょうせん)[9](かすか)[10](ひそま)り、(いたずらに)[11]啼泣を為す。痛ましい(かな)

【訳】 あーああ、其の大切な(むくろ)の命が終わって魂が失せてしまい、()の世の深い泉に死体と為って(ひそ)み隠れる事になって(いたず)らにすすり泣くのである。痛ましい事である。

【白文】舉世昏迷莫能覺悟不惜其命若是輕生彼何榮勢之云哉

【訓読】世を()げて昏迷[12]にして能く覚悟すること()く、其の(めい)を借しまず、(かく)(ごと)く生を軽ろんず、彼れ何ぞ之を栄勢と云わん哉。

【訳】 世の人は皆まるで愚かに血迷っていて、迷いの夢から覚める事が出来ず、身体を大切にする事もせず、此の様に生命を粗末にして居る様では、彼に取って栄華権勢も何んになると云うのか、無益なことである。

 

【白文】而進不能愛人知人退不能愛身知己遇災値禍身居厄地蒙蒙昧昧惷若遊魂

【訓読】(しか)も進んで人を愛し人を知ること能はず、退いて身を愛し己れを知ること能はず、災に遇い禍に()って、身、厄地に居す。蒙蒙昧昧して(しょう)なる[13]こと遊魂の若し。

【訳】 そんな風だから(すなわ)ち積極的に人を愛し人を知る事が出来ず、(仁を失ない賢愚邪正を知らず、消極的には、自分の(むくろ)を愛し大切にし、己れを全うする事を知らず、)病いの災難にぶっつかるともう死地に置かれてしまうのは馬鹿げた事で、その愚かな様子は魂の抜けた腑ぬけの様である。

【白文】哀乎趨世之士馳競浮華不固根本忘躰徇物危若氷谷至於是也

【訓読】哀しい(かな)、世に(はし)るの()、浮華を馳競(ちきょう)して、根本を固めず、()を忘れ、物に(したが)いて、危うきこと氷谷の若きこと、(これ)ここに至る也。

【訳】 哀れや、世の中の軽率な人々(俗士共)は、(われ劣らじと)浮ついて(栄華を)競いあい、根本を(おろそ)かにして、身体の大切な事を忘れ、物慾に許り傾倒しているので有る。

 その危っかしい様子は、薄い氷の上を歩き深い谷を行く様でとうとうこんな始末になってしまったのである。

【白文】余宗族素多向餘二百建安紀年猶未十稔其死亡者三分有二傷寒十居其七

【訓読】 余、宗族より(もと)多し、(さき)に二百に余り。延安紀年より、(なお)未だ十稔ならざるに、其の死亡する者、三分に二有り、傷寒は十に其の七に(きょ)す。

【訳】 余の、仲景の一族は元々多勢あり、以前には二百人にも余る程であった。

 建安紀年以来、まだ十年にもならないのに、其の三分の二が死んでしまい、うち傷寒(の悪疫)によるものは七割を占めていた。


 

【白文】感往昔之淪喪傷横夭之莫救乃勤求古訓博采衆方撰用素問九巻八十一難陰陽大論胎臚藥録并平脈辨證為傷寒雑病論合十六巻

【訓読】往昔(おうせき)(りん)(そう)[14]に感じ、[15]横夭(オウヨウ)の救い莫きを傷み、乃ち勤めて古訓を求め、(ひろ)く衆方を求め、《素問》、《九巻》、《八十一難》、《陰陽大論》、《胎臚》、《薬録》、併に《平脈弁証》を撰用し、《傷寒雑病論》を合せて十六巻を(つく)る。

【訳】昔年(せきねん)、多くの身内が(相次いで亡くなり)一斉に消え失せた悲しい出来事を痛感し、或いは前途ある若い人々がむざむざと死んで行くのを救う事が出来ない不憫さに心を傷めた。そこですなわち、古い(おし)えを熱心に求め、多くの人々の薬方を手広く採用し、医書としては、素問、霊枢各九巻、扁鵲難経、陰陽大論、胎臚薬録、及び平脈弁証の書を撰び用いてここに、此の傷寒卒病論を編述した。

 

【白文】雖未能盡愈諸病庶可以見病知源

【訓読】未だ(ことごと)く諸病を(いや)す能はずと雖も、(こいねがわ)[16]ば以って病を見て源を知るべし。

【訳】まだまだ、もろもろの病気を、どれでも治せると云うわけでは無いが、お願いだから、(本書を活用して)病候を診断し、病因を探知してほしいものである。

【白文】若能尋余所集思過半

【訓読】若し能く余が集むる所を尋ねば、思い半ばに過ぎん。

【訳】もしも余がここに集めた処の方論を研究して見られるならば、きっと成る程と(うなず)かれ、合点される事であろう。

【白文】夫天布五行以運萬類人禀五常以有五藏

【訓読】夫れ天は五行を布いて、以って万類を(めぐら)し、人は五常を()[17]、以って五臓有り。

【訳】さて、天は木火土金水の五行を布置(ふち)する事によって、万物を循環流行させ、人は天より(仁義礼智信の)五常を(さず)かって、それによって体内に五つの臓器を持って居る。


 

【白文】経絡府兪陰陽會通玄冥幽微變化難極

【訓読】経絡府兪、陰陽会通し、(ふか)(とお)(かすか)に微に、変化極め難し。

【訳】経・絡と云う気血の筋道と内臓六腑・灸点とのつながり、身体の表裏相通じ、陰陽会同(かいどう)する関係は、計り知れず微妙であって、変転の実相(じっそう)を究明する事は難しい。

【白文】自非才高識妙豈能探其理致哉

【訓読】才高く(しき)(たえ)なるに非ざるよりは、豈に能く其の理致(りち)[18]を探らんや。

【訳】それは、高度の才能、絶妙の見識を持たなければ、どうして其の深い事理を究明する事が出来ようか(出来ないのである)

【白文】上古有神農黄帝岐伯伯高雷公少兪少師仲文中世有長桑扁鵲漢公乗陽慶及倉公下此以往未之聞也

【訓読】上古に神農、黄帝、岐伯、伯高、雷公、少兪、少師、仲文有り、中世に長桑、扁鵲、漢に公乗陽慶及び倉公有り。此れを下って以往、未だ之を聞かざる。

【訳】西紀前二千年もの上古の時代には神農、黄帝、岐伯、伯高、雷公、少兪、少師、仲文、等の薬祖、名医が居り、中世、紀元前七百年頃周の春秋の時代には長桑、扁鵲が居り、漢代では公乗陽慶及び倉公が史記に載って居るが、此の時代を下ってより以後には、これ程の名医の名を聞く事はないのである。

【白文】觀今之醫不念思求經旨以演其所知各承家技終始順奮省疾問病務在口給

【訓読】今の医を観るに(けい)()[19]を求むることを念思せず、以って其の知る所を()ベ、各おの家技を()け、終始(ふる)きに(したが)う。疾を(かへりみ)て病を問うに、努めて口給(こうきゅう)[20]に在り。

【訳】今の医師のやっている事をよく見ると、医学古典経書を真剣に勉強して何時でも新しい知見を求めて論じようとする所が無く、ただもう代々やって来た事を受継ぐことに終始し、昔のままにして、前進するところがない。疾患を調べ、病気を問診するにも、口達者に弁じ立てる許りなのである。


【白文】相對斯須便處湯藥按寸不及尺握手不及足

【訓読】相い対すること斯須(しばらく)[21]くして便(すぐ)に湯薬を(さだ)め、寸を按じて尺に及ぼさず、手を握って足に及ぼさず。

【訳】それで患者に向うと直ぐに湯薬を決めてしまい、寸脈を診て尺脈には触れもせず手の脈は調べても足までは及ばない。

 

【白文】人迎趺陽三部不參動數發息不滿五十

【訓読】人迎、趺陽、三部(まじえ)ず、動数発息し五十に満たず。

【訳】人迎、趺陽三部の脈どころ等は考慮にも入れず、鼓動の(ほっ)(そく)は五十にも足らぬ程しか数えぬ様な、粗忽な診察の仕方である。

 

【白文】短期未知決診九候曽無髣髴明堂闕庭盡不見察所謂窺管而已夫視死別生實為難矣

【訓読】短期なれば、九候の(かつ)髣髴(ほうふつ)[22]なき決診することを知らず。明堂闕庭、盡く見察せず、所謂(いわゆる)(かん)より(うかが)うのみ。夫れ死を視て生を別つことは実に(がた)しと為す。

【訳】呼吸が激しくなって来ているのに、まだ診断を決める事が出来ない始末である。そんな風だから、九候の脈[23]もまるでわかっておらず、経穴や顔貌も残らず徹底的に見極めると云う事がなく、(ことわざ)に謂うところの管の穴から天を覗く様な視野の狭い診断しか出来ないのである。

 

【白文】孔子云生而知之者上學則亞之多聞博識知之次也

【訓読】孔子の云う(せい)ながらえて之を知る者は上にて、学ぶれば則ち之に()ぐ、多く聞き(ひろ)く識るは知の次なりと。

【訳】(あの(かく)の太子の話の様に、死者を視て死生を判別すると云う事は実に難しい事であって)孔子も未だ生を知らず、(いずく)んぞ死を知らん、と云われたが、生れながらにして道理を知っている人は人品の最上等であり、人に教えて貰って始めて之れを知る人は其の次に立派な人である。努力して勉強し多聞博識を得た人は又、其の次に値する。


【白文】余宿尚方術請事斯語

【訓読】余、(つと)[24]に方術を(とうと)[25]()()の語を(こと)[26]とせん。

【訳】余も以前には(神仙)方術を有難がったものであるが、よく学んで正しい医術を習得する事が出来た。どうか、此の言葉(孔子の)()す可き(つとめ)として努力して頂きたい。

 

【白文】漢長沙守南陽張機著

【訓読】漢の長沙(かみ)、南陽の張機、著わす。

 


 

 

 

  秦の越人が(かく)の国の太子を診て蘇生させた話

 

其後扁鹊过虢。

その後(趙簡子を診察した後)(かく)を通り過ぎた。

虢太子死,

虢の太子が死んだ。

至虢宫门下,中庶子喜方者

扁鵲が宮殿の門に行き、医学を好む中庶子(官名)に聞いた。

 

曰:“太子何病,国中治穰於众事?”

『太子は何の病気ですか?国中でお祈りをしていますが』

 

中庶子曰:“太子病血气不,交而不得泄,暴於外,则为中害。精神不能止邪气,邪气畜而不得泄,是以阳而阴急,故暴蹶而死。

中庶子が答えて言った。『気血が正しく行き交わず外に洩らすことが出来ません、そこで陽が弛緩し陰が緊張したため、激しく突っ張り(逆上)死んでしまったのです』と。

 

曰:“其死何如?”

扁鵲は言う。その死はいつごろですか』と。

曰:“鸡鸣至今。

答えて言った。『鶏が鳴いてから今に至る迄です』と。

曰:“收乎?”

問うて言った。『棺に納めましたか』と。

 

曰:“未也,其死未能半日也。

答えて言った。未だです。亡くなってから未だ半日経ちません』

 

(そこで、自分を売りだすために扁鵲が言います)

“言臣勃海秦越人也,家在於,未得望精光侍於前也。太子不幸而死,臣能生之。

『私は渤海()近くの秦の越人です

家は(ばく)にあります。未だ太子にお目にかかる光栄を得ず、御前に拝謁もかないませんでした。太子は不幸にもお亡くなりになったと伺いましたが、私は太子を生かすことが出来ます』

 

”中庶子曰:“先生得无之乎?

中庶子が答えます『あなた、でたらめを言っているのでないでしょうね。

 

何以言太子可生也!

何ゆえ太子を生き返らせると言うのですか (ここからが司馬遷以前の医学の概要です)


 

上古之,医有跗,

私が聞きますのは 大昔に医者の兪跗(ゆふ)(伝説上の名医)がいて

 

治病不以液醴洒,鑱石引,案扤毒熨,一拨见病之,因五藏之

治療には湯薬、薬酒、針、按摩、座りあんま、膏薬などを用いず

乃割皮解肌,筋,搦髓,揲荒爪幕,湔浣胃,漱五藏,精易形。

一寸着物を開いて見ただけで病の原因を知り五臓の輸穴の反応により、皮膚を裂き肉を切り分け、脈をえぐり筋を結び骨髄脳髄を搦めとり、横隔膜を抓み(さら)い胃腸を洗い、五臓を(すす)ぎ、精髄(命の元)を練り外形を整えたという

先生之方能若是,太子可生也;

貴方の医術がこの様ならば、太子は生き返ることであろう。

 

不能若是而欲生之,曾不可以告咳之兒。

この様で無くてしかも太子が生き返るなど、子供にも言えることではありません』

 

日,扁仰天曰:

こんな問答でついに一日が終わってしまい、扁鵲は天を仰いでつぶやいた。

 

“夫子之方也,若以管天,以郄文。

『貴方の医術などは管を以って天を覗き、隙間から文模様を視るような物だ(全体を見通せないとの意味)

 

越人之方也,不待切脉望色听声写形,言病之所在。

越人の医術は脈を診て、顔色を窺い、声を聞き、姿を観察する事などしないで病の所在を言い当てる。

 

病之阳,得其阴;病之阴,得其阳。

陽を病むと聞けば、その陰を論じることが出来る。陰を病むと聞けば、その陽を述べることが出来るのだ。

 

应见於大表,不出千里,决者至众,不可曲止也。

病気はおおむね外に現れものだから、千里も出てゆかずとも、多くを決し間違っていることが無いのだ。

 

子以吾言太子,当其耳而鼻,循其两股以至於阴,当尚温也。

貴方は私が信じられないならば、試しに奥くに行き、太子を診て御覧なさい、耳が鳴り小鼻が膨らむ音を聞くでしょう。両股に手を入れ探り、陰(ふぐり)を触れば、尚温かいはずです』と。

 

中庶子言,目眩然而不瞚,舌然而不下,乃以扁言入虢君。虢君之大惊,出於中

中庶子は扁鵲の言葉を聞くと目まいがし瞬きもせず、舌は張り付き突き出すことも出来なかった。そこで扁鵲の言葉を奥に入り(かく)(君主にして太子の父) に報告した。(かく)君はこれを聞くと大慌てで(宮殿の)中門の所に出てきて扁鵲に会った。


 

曰:“窃之日久矣,然未得拜於前也。

そして言うには『先生の高義(医師として正しく振舞う道)をひそかにお伺いしてより日がだいぶ経ちますが、まだ御前にて拝謁の機会がありませんでした。

 

先生小国,幸而之,偏国寡臣幸甚。

先生が虢においでになりまして、太子の事を取り挙げて下さったことはこの片田舎の家来の少ない私(小国の君主の意味)にとってはなはだ幸せなことであります。

 

有先生活,无先生弃捐填沟壑,长终而不得反。

先生が居ればこそ(太子は)生き返り、居なければ溝に棄てられ埋められてしまい、ついには生き返りが出来ませんでした』

言末卒,因嘘唏服臆,

と言いも終わらず、嗚咽がこみ上げ、

魂精泄横,流涕潸,

気持ちが溢れ、涙と鼻水が流れ、

忽忽承

時に目に涙を溜め、

悲不能自止,容貌更。

悲しみのため止められなくなり容貌が変わってしまうほどだった。

 

曰:“若太子病,所‘尸蹶’者也。

扁鵲が答えるには『太子の病は所謂、屍蹶(しけつ)と言うものです。

 

夫以阳入阴中,胃繵,中经维络下於三焦、膀胱,是以阳脉下遂,阴脉上争,会气而不通,

そもそも陽が陰に入りぶつかると言う事は、胃を動かしその縁を斜行して、経脈に中り絡脈に連絡し、そこで別れ三焦経の膀胱を下る、これにより、陽脈は下方に落ち、陰脈は上方に行こうと争い、()(気の行き交う場所)で気は閉ざされしかも通わなくなってしまう。

 

阴上而阳内行,下内鼓而不起,上外而不使,

陰は上行し陽は内側を下りるので、気は内で鼓動はするが上に向かわず、上れば外側で絶えてしまい役に立たない。

上有阳之,下有破阴之

上には陽の絶えた絡脈があり、下には陰の敗れた脈が在り、

破阴阳,色

破陰絶陽により顔色すでに損なわれ、

脉乱,故形静如死状。

脈は乱れ、そこで体が静止して死んだ様になったのだ。

 

太子未死也。

太子は未だ死んでいません。

夫以阳入阴支藏者生,

そもそも陽が陰に入って臓腑を支えている者は生き、

以阴入阳支藏者死。

陰が陽に入り臓腑を支える者は死ぬ。

凡此数事,皆五藏蹙中之暴作也。良工取之,拙者疑殆。”

およそこれら数々の事は、皆、五臓が(けつ)(あた)ったときに(上に述べた様に気が詰まって動けない時)突発的に起こる。名医はこの見解を取り入るが 藪医者は危ぶんで疑う。

 

乃使弟子子阳厉针砥石,以取外三阳五会。

扁鵲は弟子の子陽に命じて針を砥がせ、その三陽の経絡と五会につぼを取り針を打った。

 

,太子。乃使子豹五分之熨,以八减之和煮之,以更熨两下。太子起坐。

そうこうしている間に太子が蘇る。そこで弟子の子豹をして五分の膏薬作らせ、八減の剤を煮させて(作り服用させ)、膏薬を両脇下に貼らせた。すると太子は起き上がり座った。

更適阴阳,但服二旬而复故。

更に陰陽を調和させ、その間、20日あまり湯薬を飲ませたところ、すっかり回復した。

 

故天下尽以扁鹊为能生死人。

この事ゆえに、天下の人々はことごとく扁鵲が死者を生き返らせたとした。

曰:“越人非能生死人也,此自当生者,越人能使之起耳。

扁鵲が言うことには『越人は死人を生き返らせたのではない、この事は自ら生きるべくして、越人はただ起き上がらせただけです』と。

 

 

 

  斉の桓候の顔色を望見して其の死期を知った事

 

鹊过齐桓侯客之。

扁鵲が斉に行くと、斉の桓公が彼を客人とした。

 

入朝,曰:“君有疾在腠理,不治将深。

宮中にゆきお目見えして言いますには『あなたは疾患が(そう)理に有ります。治さないと深くなります』

”桓侯曰:“寡人无疾。

桓公は『私は病気でない』と言った。

出,桓侯左右曰:“医之好利也,欲以不疾者功。

扁鵲は退出した。桓公はお付の人に『医者とは利を好む者だ。病気でないものを治して功績としようとする』と言った。

”後五日,扁,曰:“君有疾在血脉,不治恐深。

五日後 扁鵲は再び桓公にお目見えした。そして『あなたは疾患が血脈に有ります。治しませんと深くなることを恐れます』と。

”桓侯曰:“寡人无疾。

桓公は答えた『私は病気でない』と。

出,桓侯不悦。

扁鵲は退出した。桓公は不愉快に思った。

後五日,扁,曰;“君有疾在,不治将深。

五日後、扁鵲はまた見えて言った。『あなたには腸胃の間に病があります。まさに深くて治せません』と。

桓侯不

桓公は応じなかった。

出,桓侯不悦。

扁鵲は去り、桓公は不愉快に思った。

後五日,扁,望桓侯而退走。

五日後、扁鵲は再び桓公にお目見えした。桓公を見るなり退出し走り去った。

桓侯使人其故。

桓公は家来を遣ってその訳を尋ねさせると

曰:“疾之居腠理也,熨之所及也;

扁鵲が答えるには『疾患が腠理(そうり)にあれば、湯薬と膏薬で効き目が及びます、

在血脉,石之所及也;

血脈にあれば鍼灸で治療ができます、

其在胃,酒醪之所及也;

胃腸にあれば、薬酒で治せます。

其在骨髓,司命无柰之何。

(桓公の疾患は)今骨髄にあります、疾患が骨髄にあれば、司命(人の寿命を定める星)もこれをどうしようも有りません。

今在骨髓,臣是以无也。

今、骨髄にあるので、治療する事を請わなかったのです。

後五日,桓侯体病,使人召扁,扁已逃去。

五日後、桓公は体調を崩し、家来に扁鵲を召しださせたが扁鵲は既に逃げ去っていた。

桓侯遂死。

桓公は遂に死んでしまった。

 



[1] (かじけ)る:発育が不十分になる。みすぼらしくなる。やつれ衰える。

[2] (いずく)にか→(いずく)んか:場所を問う語。どこに。

[3] ()れる:まといつく。さわる。犯す。こうむる。病気や災害にかかる。

[4] (まさ)に:まさに。現在起こりつつあることを示す。ちょうど。これから~しようとする。たったいま。

[5] 節屈(せつくつ)→節を折る:自分の意思をまげて人に従う。

[6] (つか)ね:放置する。捨てて用いない。

[7] (とうと)び:重視する。一般に「身分が高い」の意のときは「たっとぶ」と読む。

[8] ():かの。その。彼らの。彼の。第三人称。

[9]重泉(ちょうせん):深い黄泉(よみ)の国。

[10] (かすか)に:ふかい。かすか。くらい。深く沈みこむさま。くろい。

[11] (いたずらに)に:物がなくて物足りないさま。暇なさま。むなしいさま。

[12] 昏迷:道理にくらく心が迷うこと。精神作用や随意運動が阻害されること。混乱して見通しがつかなくなること。

[13] (しょう):愚かなさま。乱す。

[14] (りん)(そう)(りん) さざ波。埋もれる。ほろびる。 (そう) 失う。滅亡する。

[15]横夭(オウヨウ):若死にして横たえる。

[16] (こいねがわ)くは:どうかお願いですから。望み願う。

[17] ()け:上からの授かりものを受ける。さずける。

[18] 理致(りち):理知。道理。理路整然としたさま。

[19] (けい)()(けい):五経のこと。『詩経』・『書経』・『礼経』・『易経』・『春秋経』 ():意味。趣旨。

[20] 口給(こうきゅう):口達者で話し上手。給は、ことばによどみがないさま。

[21] 斯須(しばらく):シシュ。しばらく。暫時。一時に。少しの間。かりそめに。

[22] 髣髴(ほうふつ):彷彿。よく似ているさま。はっきりしないさま。ほのか。思い浮かぶさま。

[23]九候の脈:三部九候診(さんぶきゅうこうしん)。頭頚部に3箇所、手に3箇所、足に3箇所の拍動部。

[24] (つと)に:宿(つと)に。以前からの。昔からの。経験が深い。

[25] (とうと)ぶ:尊敬する。ものの上に加える。はるか上を越える。

[26] (こと):ものごと。任務。事業。

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